[ウエディングSTORY] 父の結婚前夜
明日は娘の結婚式である。
よく言う父親の感慨、みたいなものは皆無といっていい。
早く片付いてよかった、みたいな負け惜しみも、ない。
ただただ 家族のイベントとして、楽しみである、というだけ。
慌ただしさで言えば、何年か前の息子の結婚式の方が大いに忙しかった。
娘には、昔からあの例の 親へのお礼の手紙を読むのだけはやめてくれと
妻と一緒に言い続けてきた。
あんな 「皆様の前で」「この場を借りて」「今日ここで」しか
感謝の気持ちを伝えられない親子関係ではないはずだ。
とにかく、自分の娘が普段使わない言葉で目の前で作文を読む、ということが
照れくさくて仕方がないのだ。
そもそも、小さい頃からあの娘は、学校の宿題や勤め始めてからも、
何か文章を考えるというとき、必ず私の所にアドバイスを求めて来ていたのだ。
理由は、「お父さん本いっぱい読んでるから。助けてよ。」
娘の持ち込んだ、目に余るほどの雑な文章に、結果、ほとんど私が考えることになる。
結婚式の手紙も、私の所にアドバイスをもらいに来るつもりか。
全員が涙する超大作、作れる自信はあるぞ。
うん、それも悪くないな。 厳格だけどオシャレでカッコいい父親ということにしよう。
妻は・・・良妻賢母ということにしようか。今後のために。
なんてことを考えていたら、やっぱり娘が部屋にやってきた。
「予想通り、手紙助けてよ、だろ」と笑う私に
「やっぱりそう思った?一瞬私も考えたんだけどね」と笑う。
見ると手には やたらいい酒を持っている。
「これね、彼が持たせてくれたの、一緒に飲も」
「彼が、結婚前夜はお父さんと過ごしなさいって」
なんだよ、あいつ、その勝ち誇った、上からの言いぐさ。にくたらしい。
酒の勢いか、結婚式前夜というシチュエーションか、
心のどこかに しみったれた雰囲気になるのを避けたい気持ちがあるせいか、
娘も私も、よくしゃべり、笑う。
ネタはこれまでの、数々の家族の失敗談。
母親が財布を落とした時の話、私が骨折した時の話、
小さい頃の落書き、昔飼っていた犬のこと、他愛無い兄弟ゲンカ、家出騒動・・・
思い出しては、大笑い。お互いの記憶が都合よく変えられていて、さらに大笑い。
突然 娘が言う。「楽しかったなぁ。」
「家族で過ごすのが、本当に楽しかった。」
「急に、さみしくなってきた。」
「何言ってんだ、縁を切るわけじゃあるまいし。しかも新居は市内だろ」
「それもそうだね」とまた二人で大笑いして、「今日は解散!早く寝ろ!」
「はーい おやすみなさい お酒置いてくね。」
良かった、泣くところだった。
でもね、覚えていてほしいんだ
君が生まれたとき、本当にうれしくてね、
眠る君を見ながらお母さんと約束したんだよ
いつか君が、結婚相手を連れてくる日が来る。たとえどんな相手でも、
私達が一番賛成しようって。私達が一番の味方になろうって。
私達 親にできることは、この子にとって一番大切な相手を見つける “目” を、
作ってあげることじゃないか。
その為の努力はどんなことをしても惜しまない、って約束したんだ。
これから君にどんなことがあっても、お母さんと二人で絶対に守るんだって。
君だけじゃない、全部の子供に、そう思っている。
そしていつか私達が天国に行ったとき、君の味方になるのは君の兄弟たちなんだ。
お父さんは、大金持ちにはなれなかったけれど、
君たちにとって「兄弟」というかけがえのない財産だけは、残せたと思っている。
そして明日、「夫」という財産が、もうひとつ増えるんだよ。素晴らしいことだと思わないか。
だからわざわざ親にお礼なんていらないんだ。
育ててあげた、なんてこれっぽっちも思ってないからね。
お礼を言うなら彼に言うんだね。私達にとって君は最高の娘だけど、
彼にとって最高の妻になれるかどうか、これからの君自身の努力にかかっている。
それでも彼は結婚したいと思ってくれたんだ。一生を共にしたいと。
それを幸せだと思う気持ちを忘れなければ、きっとある程度の事は乗り越えられる。
夫婦にはいろんな形がある。正しいなんてなにもない。
だから最高の夫や妻がどんなものかなんて教えられないよ。
いまだに私達にだってわからない。それは二人でさがしなさい。
でも、私達のような夫婦から、少しでも見習いたいと思う部分があるんだとしたら、
嬉しいね。
ちくしょう、美味いぞ、この酒。