PASTOR BLOG 牧師からのメッセージ

お知らせやイベント、日々の出来事を綴った牧師によるブログ

2017.10.16

青春①

1972年の4月15日に私は初めて北海道に来ました。

18歳の春のことでした。

それこそ♪上野発の夜行列車~♪で

青森ー青函連絡船ー函館ー札幌とやって来たわけです。

東京で生まれ横浜で育った私は都会を嫌って

北海道の大自然の中で牧場主になることを夢見ていました。

1972年といえば東大安田講堂事件

浅間山荘事件が起きた年でもあります。

全国的には大学紛争は鎮静化していましたが

大学の入学式にヘルメットの学生たちが乱入し

式の進行が妨げられたことを覚えています。

牧場主になるという志を持っていたものの

親元を離れた開放感からか

しばらくは目の前の楽しみを追いかける生き方をしていたと思います。

秋頃から人生の意味や社会のあり方など考えはじめ

社会主義思想を持つ友人の熱心なアプローチにより

私も思想を学びやがて活動に加わるようになりました。

札幌駅前や大通公園でのデモに参加したことも何回かありました。

私は高校生の時に格闘技(レスリング)をしていた関係上

よくデモなどの前線に出されていたことを思い出します。

しかし活動を深めていく中どうしても理想とする思想と

グループの中の人たちの生活のギャップについて行けず

混迷の時を過ごしました。

そんな中二年目の夏に瀬棚のK先輩の所で実習をする機会が与えられました。

K先輩はまったくの荒地から開拓農家として入植し

様々な困難の中 酪農経営をされていました。

クリスチャンであるK先輩の人格に触れ又慎ましくも

暖かな家庭を築いておられる姿に大いなる感化を受けました。

K先輩は若き日にシベリア鉄道を通って北欧デンマークへ渡り

二年間研修をされましたがその経験談を伺いチャレンジを受けました。

学生運動の挫折 失恋を通し 人生の意味

これからの生き方を探し求めていた時でした。

ちょうどその頃大学に英語を教えに来ていた一人の英国人宣教師と出会います。

ある晩その先生を訪ねるのですが

憧れていたヨーロッパの話を聞きたい思いと同時に

何と生意気にもキリスト教を批判したいとも思っていたのです。

当時の学生運動の影響でいかに相手に考え方・思想の矛盾を論破することに

生きがいを感じていたからです。

その宣教師の先生からは私の質問に対して

十分な日本語での答えをいただくことはできませんでしたが

終始柔和で謙遜な姿に胸打たれたことを覚えています。

その後二年目を終えた時点で私は大学に二年間の休学届を提出し

K先輩の影響を受けデンマークに留学することになりました。

出発前宣教師先生に挨拶の電話を入れたところ電話口で

「大野さんのためにお祈りしています」と言われました。

今でも忘れることができない言葉です。

私は迷った挙句最後にスーツケースに一冊の聖書を入れ

生まれて初めて外国へ旅立つことになりました。

1974年の初夏 20歳の時のことでした。